歴史の道「萩往還」は明治維新の重要な道 - 山口観光を楽しもう!

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歴史の道「萩往還」は明治維新の重要な道


萩往還
国指定史跡 歴史の道100選(文化庁)
美しい日本の歩きたくなるみち500選(日本ウォ−キング協会)


萩往還とは?

萩市、山口市、防府市をつなぐ道

毛利氏は、慶長9年(1604)萩城築城後、江戸への参勤交代でも「御成り道」として開かれた。

日本海側の萩(萩市)と瀬戸内海側の三田尻港(防府市)をほぼ直線で結び、全長53キロメートル

江戸時代の庶民にとって山陰と山陽を結ぶ「陰陽連絡道」として重要な交通路であった。

また、幕末は維新の志士達も往来し、歴史上で重要な役割を果たした。

歴史ロマンあふれる萩往還を歩きながら、武士・庶民・幕末の志士の思いを感じよう!

ポイント
・萩城跡
・唐桶札場跡
・涙松跡
・明木跡
・瑠璃光寺五重塔
・一升谷石畳
・佐々並市の街道筋
・防府天満宮
・三田尻御船倉跡

天花坂口〜国境の碑 約3キロメートル(約90分)

萩往還の中でも難所
42の曲がり、石畳のポイントも多く萩往還の雰囲気を味わえる。

天花坂口(てんげさかぐち)
萩往還の最大の難所がはじまる

四十二の曲がり(しじゅうにのまがり)
天花坂口から六軒茶屋まで急勾配の坂がいくつも続く

六軒茶屋(ろっけんじゃやあと)
萩往還に茶屋がところどころにありました。ここには6軒の農家が軒先を茶屋にしていた

一の坂一里塚(にちのさかいちりづか)
石で積み上げた一里塚、一里3.927Kmごと

キンチヂミの清水(きよみず)
冷水が湧き出ていたらしい。大正初期めでところてんを清水で冷やして売っていた

板堂峠(いたどうとうげ)
標高537m 萩往還で一番高い峠、現在は砂利道

国境の碑(こっきょうのひ)
長門国と周防国の国境を示す碑

★やまぐち萩往還語り部の会事務局
(山口観光コンベンション協会内)
TEL083−920−3323
平日13:00〜17:30
萩往還ガイド案内人を派遣する活動実施中

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