山口サビエル記念聖堂はフランシスコサビエルの古えの場所 - 山口観光を楽しもう!

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山口サビエル記念聖堂はフランシスコサビエルの古えの場所


日本で最初にキリスト教を伝えたとされている

フランシスコ・サビエル


日本で最初の布教の許可をだしたのが、30代・大内義隆そして、最初の布教の教会が、廃寺だった山口の大道寺を教会にしたて布教を行った。
半年間、山口で過ごした。

スペイン出身のキリスト教宣教師フランシスコ・サビエル
天文18年鹿児島着
翌年、布教の許可を得るため、京都に向かう途中で、西国一の大名31代「大内義隆」を訪れ、約一ヶ月滞在。
その後、京都に向かうが、応仁の乱の大乱後であったため、僅か11日で退散。
再び山口に戻り、布教の許可を得て、滞在する。
陶氏の反乱で大内氏滅亡となったが、直前に豊後の大友氏招きで、危うく難を逃れた。

サビエル記念聖堂は、昭和26年(1951)、サビエルの山口訪問後400年を記念して献堂されたが、平成3年(1991)9月5日に焼失し、平成10年(1998)に再建されました。

新聖堂は光と水とテントが全体のテーマになっている。正面にはステンドグラスと十字架があり、デザインされている。
サビエル新聖堂の写真

大聖年の平和の鐘
教皇よはね・パウロ二世より、ローマに設置された「大聖年平和の鐘」の姉妹品で、世界の平和を祈り、五大大陸に1個づつ送られたものの一つで、2000年4月にサビエルゆかりの亀山の丘(新聖堂の前方)に安置された。

井戸端で説教する記念像
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サビエルは修道士ジョアン・フェルナンデスと毎日二回、山口の大殿小路という通りに出かけそこにあった井戸端で、集まってくる人々に向かい、要理の書を読んだり、説明したりして布教した。

あらゆる階層の人々が集まってきたがその数は大変なものであった。宿舎に帰ってくると仕事は倍加した。
というのは、ある人は今聞いたことについて疑問をいだき、ある人は問答しようと考え、またある人は面白半分にあるいは要理を知るために彼についてきたからである。

それにもかかわらず、わずかしか成果があがらないのを見てサビエルはこのことがいくらか心配になった。しかし、まもなく主はまぅったく思いがけない時に彼の心を慰め給うた。
(ジョアンロードリゲス日本教会史の一部)

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