大内一族の「弘世、義弘、政弘、義興」そして義隆 - 山口観光を楽しもう!

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大内一族の「弘世、義弘、政弘、義興」そして義隆


大内文化の立役者、大内一族のポイントとなる人

弘世、義弘、政弘、義興、義隆が、あげられます。

主なポイントは

大内弘世(おおうちひろよ)
瑠璃光寺五重塔に馬にのって山口市内を眺める大内弘世像があります。
大内弘世が、山口市に館を構え、開府したということです。
南北朝時代のころ
大内氏の発展の基礎を築いた人です。

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大内義弘(よしひろ)
足利義満に従い、大きな役割を果たし、勢力を広げると逆に抑圧され、反旗を翻して戦死した。
朝鮮と貿易で強大な勢力を築きあげた。
弟の盛見(もりはる)が、義弘の菩提を弔うため、五重塔が建立された。

大内政弘(まさひろ)
応仁の乱で、西軍(反細川)の主力として活躍、地位を築いた。
京都より公家などの文化人を受け入れ、文化面でも活躍し、自らも文才に恵まれ、大内文化の最盛期となった。

大内義興(よしおき)
足利義稙が将軍の座を追われ、山口で8年間保護し、機会を伺い大軍を率いて、将軍に復職させ、幕政を支えた。
日明貿易も独占し勢力も拡大させた。

大内義隆(よしたか)
中国との交易を積極的に行い、京都から公家や文化人を招き新たな文化をもたらした。
反面、出費も多いため、家臣から不満もつのっていた。
陶晴賢(すえはるかた)により、自刃に追い込まれ、生涯を終えた。

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